ボランティアだのみの商店街のイベントは無くなってしまえばいい

仕事・ビジネス
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今や痴呆…じゃなくて地方の再生で必ずターゲットとなる商店街。私がまだそれなりに意識が高かった学生時代に地域活性化のためとして、商店街が行ったイベントにスタッフとして関わったことがある。ただし、スタッフといってもお給料は無い…つまりボランティアである。

まぁ、そうなることはわかってはいたが、実労働に対して賃金が1円も支払われないのは実に虚しいものである。

 

ボランティア=無料の人手と思ってる

イベントの後になってだが商店街から古く付き合いのある方に聞いたところ、「善意で仕事やってくれるボランティアは都合の良い無料の人手」としか考えていない関係者が多数おり、イベント自体の予算もそれほどなかった&その少ない予算も慣例として来ているゲストの出演費に消えてしまい、なんとしでてもボランティアをかき集めなければ、イベントそのものの開催が危なかったとのこと。もちろん、せっかくのゲストにも顔向けできないとのこと…。

そのことに関しては私らを含むボランティアの学生は実に感謝されたが、そもそも予算の使い方にもツッコミたいし、ボランティア頼みのイベントは正直アホなのかと思った。ボランティアといえば聞こえはいいが見方を変えれば人件費のかからない人手である。人の善意に甘えて頼るようなイベントの運用の仕方だと、イベント運営のノウハウは貯まりにくいし、お金が出ないので次回以降のイベントがちゃんと開催されるかどうかすら怪しい…。

そんな綱渡り状態で開催されるようなイベントの効果も今ひとつわからないしイベントの規模も年々縮小されてしまっているのが現状。だったらそんなイベントは無くなってしまったほうがいいのではないだろうか。

 

ちなみにだが、他のイベントではボランテイアをしている人を舎弟呼ばわりしている関係者もいた。商店街という存在自体、古くからの土地同士の繋がりで様々な人間関係があるだろうが、流石に私は舎弟呼ばわりする人の下ではお金をもらっても奉仕したくはないと感じた次第である。

 

※ただし、大学では学外のボランテイアを行うことで単位が認定されることもあるので、必ずしもボランテイアの動機が善意のみとは限らない、むしろ見返りや単位のために渋々やっている場合もある。

 

 

人の善意に甘えるな。そしてボランティアに過度な期待をするな。

ボランテイア活動自体は素晴らしいことだと思うが、ボランテイアを行う人たちの善意に漬け込んで自分だけいい思いをしようとする悪い人間は少なくない。また、いくら善意で行うボランテイアと言っても仕事を完璧にこなしてくれるとは限らない。ボランテイアである以上お金が出ないので雑な仕事で手を抜くことだってありうるのだ。

 

まぁ、真面目にボランテイアを取り組み何かを学習し経験を積むこと自体、学生であれば悪くはないことだと思うが、それに漬け込んでしまう大人もいると思うと複雑な気分になる。

つくづく正直者がバカを見る世界というかなんというか。