自称サイコパスの人が痛い、嫌いと感じる理由を説明する

メンタル・心理
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この記事は「自称サイコパスアピールをする人の心理を解説する」の続編である。

自分で自分のことを社会的な異常者である「サイコパス」と自称する人は、大抵の人からすれば気恥ずかしさを感じたり、品性を疑う対象だと思われやすい。つまり「痛い人」だと見られやすい。

それも、思春期で自我が不安定な頃の少年少女ならまだしも、思春期などのとうの昔に過ぎた若者・大人が言っているのであれば、強い拒絶反応を示すのも無理はないであろう。

今回はこのことについて、個人的な見解を述べようと思う。

 

自称サイコパスアピールをする人が痛い、嫌いと感じる理由

素直に自分を認めて欲しいと言えないかまってちゃんぷりが痛い

自称サイコパスアピールをする人は承認欲求が強い。つまり、他人から認められることや、受け入れられることに対して人よりも強く求めていているのだが、そのために素直に「自分を認めて欲しい」と言葉や態度にすることが苦手という不器用さがある。

その結果、自分は普通の人には見られない危険な魅力があると主張する。つまり、サイコパスアピールをするのだが、当然これでは周囲の人から認めてもらえる可能性が下がるのは言うまでもない。

自分を認めて欲しいけど、そのために自分の気持ちを正直に見せるのは嫌がる…という、見る人をヤキモキさせてしまう矛盾した言動を取ってしまうからこそ、自称サイコパスな人に対して苦手意識や嫌悪感を持つ人は多いのだ。

 

サイコパスを自称する方法で楽して注目を集めようとする姿勢にモヤモヤする

承認欲求に飢えている人。それも、勉強やビジネス、遊び、恋愛、自分磨きなどなんらかの分野で自分は平凡な人とは違う素晴らし魅力があると思われたい人の中には、周囲から認められるために地道な努力をするのではなく、楽をして自分を大きく見せることで承認を集めようとすることがある。

その時に使われるのは、「自分はサイコパスだから」とレッテルに近い肩書きを自称することである。

当たり前だが自分で自分をサイコパスというのは大した労力は要らない。真面目に努力をするよりも、ちょっとした奇行に走るだけで自称サイコパスになれるので、承認欲求を満たすという点においてはコスパがよく、スピード感もある。

しかし、こうして集められた承認はあくまでも「ヤバイ人がいる!」と珍しいもの見たさで集まってきた承認ばかりで、決して自称サイコパスな人の能力や実績が認められた結果とは言えない。

もちろん、勉強や努力を積み重ねているわけではないので、次第に「奇行で一時的に有名になっただけの薄っぺらい人、中身が空っぽな人」と見抜かれてしまうのも無理はない。

 

こうした楽して何かを得たい&何かを得るための地道な努力を嫌うという姿勢が、見る人から見れば強い嫌悪感を抱かせる原因になる。

とくに、真面目にコツコツと日々を生きている人からすれば、こうした一時的な炎上まがいの行為で注目を集めようとするタイプの人間は、強い拒絶を抱く対象になりがちだ。

 

サイコパスを自称するだけで、自分が社会的に優れてた人間だと勘違いしている姿が寒い

サイコパスの中には経営者のように社会的な評価(主に仕事・経済面で)を手にしている人が少なからずいる。

それをいいことにして、普段から素行が悪いとか、平気で約束を破るようなクズな性格な人が「自分はクズではなく、社会的成功を収める優れた素質の持ち主だ」と、さも自分が有名な経営者になったかのような勘違いした態度をとることに、呆れに近い感情や「寒い」という感情を抱くのだ。

当然だがサイコパスだからといって必ずしも社会的な成功を収めるとは限らない。現実的な話になるが約束事を守らない人に対して一緒に働こうだとか、融資をしようだとかいう気持ちになるような人はまずいない。

そうした社会的に成功を収めることとは程遠い人間であるのに「自分は偉大な経営者と同じタイプの人間なんだ」と勘違いしている様に、多くの人は言葉にしようのない呆れと寒さを感じるのだ。

 

ズルや不正することを自己正当化しようとする姿勢に強い拒絶感を覚える

自称サイコパスな人は、自分のズルや不正を反省しようとしないどころか、むしろ堂々と開き直ってしまうことが多い。そして、最悪なのが開き直るときに「自分サイコパスだから」と堂々と言ってしまうところである。

(本当のサイコパスなら自分のことをサイコパスだとは言わない…という議論はさておき)ズルや不正をすることを堂々を開き直って主張してくる人が目の前にいたら、大抵の人は不快感を抱くものだろう。

黙っておけばそこまで不快感を抱かずに済んだかもしれないのに、それをあえて口にして周囲の人を苛立たせてしまう姿勢に対して、強い拒絶感を覚えるのも無理はない。

とくに、他人を指導したり、指揮・監督をする立場にいる人であれば、自称サイコパスな人は非常に指導しずらいし、上手く指導できなければ自分の評判にも傷がつきやすい。

反省するフリを見せてくれる人がまだ可愛く思えてくるぐらいに、サイコパスを自称する人は反省を放棄して集団の和を乱すので、嫌われやすい人間なのだ。

 

サイコパスにも真面目人間にもなりきれていないどっちつかずな姿勢にモヤモヤする

最後に自称サイコパスの人の中には、本物のサイコパスのような冷酷さもなければ、まっとうな真面目な人間にもなれていない、どっちつかずな人がいるものだ。

おそらく、メンタルが不安定である(=メンヘラ)、あるいは自分の性格やアイデンティティが不安定であるために、サイコパスでも真面目人間でもない中途半端な状態になるのだろう。

しかし、自分で自分をサイコパスと言っておきながら、どっちつかずでもない姿勢を示されるのは言葉た行動で矛盾が生じており、見る人から見ればモヤモヤしてしまうものだ。

もちろん、サイコパスのような明らかに他人の迷惑になるような言動をしないのはいいことだが…