「日本人は勤勉」ではなく「勤勉以外に取り柄がない」から勤勉に仕事に打ち込まざるを得ない

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得てして仕事の場面で「日本人は勤勉である」ということがよく言われているが、私自身は日本人が勤勉という風潮に少し疑問を感じる。

もちろん勤勉に仕事をすること自体は悪いことではないが、勤勉である状況、あるいは勤勉に働かざるを得ない状況を考えてみると、勤勉であることが

 

怠けた誰かのしわ寄せで勤勉にならざるを得ないのね

仕事というものは、ほとんどの場合複数の人間が関わって行うものである。

複数の人間が関わる以上、その能力に差があるのは当然だし、それにより仕事の進み具合も異なってくる。もちろん、あまりに仕事の出来が悪くて他人の足を引張ているようであれば、本人に改善を要求したり、その本人に合った仕事に配置を変えてもらう必要があるだろう…綺麗事かもしれないが。

しかし、足を引っ張っている本人が端から改善する気力がなく、それなのに他に勤勉に働いている人と給料が同じとなれば、全体的な労働意欲は下がってしまう。

無論、労働意欲が下がろうと任された仕事は完遂されなければならない…が、当の本人は改善しようとする気はない、というか本人に限らず組織の中で霧に切れず必要悪として扱われた結果、しわ寄せで誰かが勤勉にならざるを得ないこともありうる。

…なんとも損な役回りだが、いまここで仕事をやめると奨学金の返済や生活費云々の事情で辞めるに辞められない場合は、その役割を続けざるを得ない。

こんな役割を続けないためには、意識高い系が如くうるさく自己主張することが肝なのかも。

 

 

勤勉以外の取り柄がないとジリ貧かもね

私自身、コツコツ努力して何かを積み上げる作業は苦痛ではないものの、できれば楽にたくさんの仕事ができるように工夫や試みをしていくべきなのかも…と思わされる場面が多々ある。

しかし、そういった工夫や試みをすることを恐れる。あるいは今の仕事は現状維持のままでいい。無理に新しい手法を試して周囲に迷惑をかけてしまったり、失敗して自分の経歴に傷をつけたくないという事勿れ主義が強いがゆえに、仕方なくコツコツとした努力しかない勤勉さは危険だ。

そして何より、今のままの方法でこの先ずっと仕事を続けているというのは、何より浮き沈みのない安定した人生を過ごせると思いやすい。なにも新しいことに手をつけず、ただコツコツと毎日決まり決まったルーティンをこなせば、お金が手に入るとなれば、将来への余計な不安は生まれにくい。

しかし近い将来、IT技術の発展や機械化によって、それらのコツコツとした努力…つまり勤勉さでカバーしていた仕事が不要になるやもしれない。

勤勉さの他にも、確たる技術や知識、既存の仕事を効率化したり、さらに新たな仕事を自分から生み出せるように鍛えて行く必要があるように感じる。

 

 

…まぁ、仕事の都合日本人以外の方(中国や東南アジア)と接することがあるが、彼らの仕事が日本人並に丁寧であるかといえばそうではない。

もちろん、彼らの中でも日本人に劣らない技術を持っている人もいるし、人件費が高い日本人を使うよりも日本人と同じクオリティを維持しつつ、且つ安い人材を如何に確保するかが重要だと、仕事を通して感じる次第。