年末の大掃除でいらない物の処分を「断捨離」と主張する意識高い系の表現力に脱帽した

ライフスタイル・生活
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惰性でSNSを見ていると、年末であるがゆえに大掃除をしているという内容のつぶやきを目にすることが多い。

すると、大掃除で出た要らないものを処分することを「断捨離」と主張する、意識高い系の方々を発見してしまった…彼らの表現力に心底脱帽してしまった…。

断捨離しても精神的な煩悩は消えていないのね

ご存知の方も多いと思うが、「断捨離(だんしゃり)」とは日常生活で使わないものを処分することで煩悩を減らすことを指す言葉である。

主に物質や金銭的な豊かさよりも、精神的な豊かさを求める人の間で盛んに行われており、最小限の生活必需品で過ごす人のことを「ミニマリスト」とも呼ぶ。

当然のことだが、意識高くあろうとする方々にとっても、俗物的な物に囲まれず必要最小限の生活必需品で生活している自分を見て欲しいとう、承認欲求を満たす方法の一つとして断捨離を行う者は少なくない。

しかし、断捨離をしているという内容のつぶやきや写真をSNSに投稿している時点で、物質的な煩悩からは開放されているかもしれないが、精神的な煩悩はより一層増しているように感じる。

彼らが処分すべきは普段使わない物よりもスマホやパソコン、そしてネット上の薄っぺらい人間関係のような気がしてならない…。

 

 

普段していることを意識高く言ってしまう悪い癖なのね

毎年の大掃除の作業の一つとして、要らないものを処分すること自体は珍しくない。しかし、毎年やっている要らないものの処分を「断捨離」と言ってしまう大胆さに驚いた

毎年、いや毎週、毎日(惰性も含め)やっている事や普段やっている事を、似た意味の意識が高そうな言葉に言い換えるだけで、非常に薄っぺらさを感じてならない。

例えば…

・毎日食べる食事を「自己投資」という言葉に言い換える。自分の血肉になるという意味合いでは、食事も自己投資の一つであると考えられなくはない。

・似たような若者同士集まって駄弁るだけの飲み会を「MTG(ミーティング)」という言葉に言い換える。複数人が集まって話し合う事そのものを、MTG(ミーティング)と考えることはできなくない…。

・Facebookで会ったことがない人に友達申請を送ることを「営業」「人脈作り」と言ってしまう。自分の売りとするものが世間から求められているかどうかはさておき、ネット上の友達の数という如何ようにもできる数字を増やすこと自体、営業や人脈作りと呼べなくはない……。

 

そういう感覚で、要らない物の処分を断捨離と言っているのであろう。

では、なぜ彼らが普段やっている事を意識高い言葉に言い換えてしまうか

…答えは「注目されたい」である。

意識高い系は他人から注目されることに飢えいる。欲を言えば、自分が他の人(もっと言えば同世代)と比べて素晴らしい人間、かっこいい人間、こいつは普通の人間とは違う人間、優秀な人物として注目され、持ち上げられることに飢えているのだ。

しかし、そんな注目を得たいがために一から何か新しいことをするのは面倒である。だが、普段やっていることなら、一から始めるよりもそこまで面倒ではない。

ゆえに普段やっている習慣を意識高い人だと思われる言葉に言い換えて主張するのだ。

 

ただし本当に意識が高ければ、普段やっている事を堂々と自慢気に話はしない。当たり前の事を当たり前に黙々とやり続ける事こそが重要ではあるが、得てしてそういう人は寡黙であり自分がやっている事を堂々と宣伝したりしない。

意識高い系のように、当たり前の事をろくに続けもしないのに「自分はすごい人間である」と口うるさく宣伝する人の方が間違って持ち上げられてしまう場面も少なくない。

これからの時代は、黙々と当たり前の作業するだけではなく、適度に宣伝していくことも必要な事なのであろう…SNS・ネット全盛の現代であれば尚の事。

 

 

…ちなみに、要らない物の処分を「断捨離」と言っていた意識高い系の方々が、今年の中頃に「才能がある人の部屋は散らかっているということが判明」という、どこかのキュレーションメディアの記事に関して、「自分も部屋が汚いから天才だ」というコメントを書いているのを書きながら思い出した…あぁ、無情。