学生時代にボランティアしてないからって見下すのはやめろよ

学校・教育関連
この記事は約3分で読めます。

あと少ししたら大学生は夏休みであり、この時間を使ってボランティアに行く学生も少なくないと思う。しかし、ボランティアは(単位や就職活動のためにする場合はさておき)別に大学生なら必ずすべし、というものではない。あくまでも個人的にやるものだしそれを強制するのは変だと思う。

 

ボランティアしたことで自分が偉くなったと勘違いしてない?

私が大学生の時に起きたことだが、私はボランティアをせずにバイトと趣味(ヲタク関係の創作活動)に明け暮れている様子を見て、海外の恵まれない子供たちや震災や災害の被災者のことを日々語りたがる意識高い系の大学生がこう言ってきた。

「なんでボランティアしてないの?大学生なんだからボランティアしたらいいのに」(というやんわりとした命令)

なんで、ボランティアしないか。ぶっちゃけ言うと、ボランティアをしてもお金が手に入らない。そもそもボランティアよりも創作活動の方が面白い。別にボランティア活動が大学卒業のために必要でもなんでも無かったからしなかっただけである。ボランティア活動をしてないだけで、なんだか見下されたような発言をされるのは心外である。

 

もちろんボランティアは素晴らしいことだけどさ…

もちろん、私は無償で誰かのために奉仕する、ことは素晴しいと思う。最近だと自費でお金を払ってまで行うボランティアもあるようだ(例:雪国の雪かきなど)。

しかし、ボランティアをした結果ボランティアをしてない人を、怠けている、私はこんなに頑張っているのにボランティアしないなんてずるい、許せない、納得できない、というように見下したように捉えるのは間違いだと思う。

私のように趣味に明け暮れてた大学生であっても、ボランティアよりも目先の金のためにバイトをしていた大学生であっても、ボランティアをしてないからといって他人からとやかく言われる筋合いは無いし、ボランティアをしなさいと勧めてくるのもおかしい話だと思う。

ボランティアって自分を(なんの成長なのかはアバウトだけど)成長させるためにするのは有効だとは思う。しかし、その結果ボランティアをしてない人を格下に見て、自分は偉くなったと勘違いする、あるいは「自分はお給料も出ないのにこんなに厳しく辛いことを我慢してやったのに、お前はそんなこともせずクーラーの効いた部屋で二次元趣味に若さと時間を費やしている。それが気に入らない!」と憎むようになるのであれば、ボランティアなんで最初からしなかったほうが良かったのではないかとすら思える。

 

ボランティアだけが心の支えなのは見ていて怖いんだけど

大学生の時に出会った授業やゼミをほっぽり出してまでボランティアに打ち込んでいた「ボランティア大好き学生」に共通していたのは、自分にこれといった自信がないが、社会に認められたい、受け入れられたいという気持ちが強いという点だった。言っちゃ悪いけどそこまで頭も良くなかったし、スポーツや芸術での才覚があるわけでも無く、いわゆる目立たない学生であった。

そんな学生が何とかして目立ちたいと思える場として見つかったのが「ボランティア」であったのだが、ボランティア活動に邁進する内に、人から嫌われないようにどうすればいいか、皆によく思われるにはどうすればいいかと考えを巡らすようになった。そのために自己啓発書を読みふけり、わけのわからに癖になんとなく凄そうに見えるがやっぱり大したことがなかった胡散臭いセミナーに参加したりしていた。また、バレバレな作り笑顔が上手になっていき、傍から見ていて実に窮屈そうに見えた。よっぽど切羽詰っていたのだと思う。

 

…まぁ、そんな学生から嫌味を言われた私は、彼らから見て嫌われても別に問題無いという人間だったのかもしれないけど。