意識高い系は殆ど口ばかり 余計なプライドが邪魔になってるだけ

自己啓発・意識高い系
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夢や理想、目標は大きいのだが現実は夢や理想、目標ばかりが膨らむ一方で、進展が見られない。そんな人達を指す言葉として「意識高い系」がかなり広まっているが、(なるべく避けていても)彼らに会うたびに「起業したい」「投資・株がやりたい」「プログラミングがやりたい」という具合のセリフを言われる事が多い。

 

「起業したい」「投資がやりたい」は挨拶だと思え

「○○(仕事やキャリアアップに関係がある何かを)をしたい、やりたい!」と言ってくる意識高い系の人たち。大抵、そういう事を言ってくる人たちは大学生であり、金はなくとも時間にはかなりゆとりがあると思われるのだが、その「○○」を実際にやっている人にあったことは滅多に無い。

「論より証拠」ということわざがあるが、意識高い系の若者たちはえてして論ばかりで行動に移さないし、実際に行動に移しただけでも内心褒めてはいるのだけど、それが長続きせずにまた別の何かに興味が出てそれをやりたいと宣言だけすることが多い。もうこうなると、「起業したい」「投資がやりたい」というセリフは挨拶のようなものとして右から左に受け流しておくのがいいような気もする。

 

プライドが高すぎて失敗するのが怖いんだろ?

もちろん、実際に行動に移すだけでも評価はできると思うのだが、大抵の場合最初は失敗してしまう。起業、投資、プログラミング、資格、外国語…など、それらに取り組んで初めから上手く成功したり、すんなりと頭に入ってくることは少なく、ほぼ間違いなく失敗したり挫折や屈辱感を味わうことになるだろう。

しかし、そこでめげず挫けず腐らずに継続して行くうちに、コツや技術が身についていき、意識高い系の大好物である「成長」というものに近づくことが出来る。だけど、最初にちょっとつまづき挫折しただけで辞めるのは失敗が怖い証拠。もっと言えばプライドが自分の身の丈にあわないほど高すぎているがために、自分が学ぼうとしている分野では大したことの平々凡々の人物であると認められないのだと思う。

まぁ、そういった身の丈に合わないプライドを持っていることこそ若者らしいとは思うのだけれども、そんなプライドは何か技術や経験を積むに当たっては邪魔なものに過ぎない。

 

失敗を失敗と思わないようにするのも手

私もそうだけど、なんとなくゆとり世代の若者にとっては「失敗」というものが非常に恐ろしく、一度でも失敗すれば人生オワタ\(^o^)/…と感じている人が多い気がする。長引く不景気に、増税、就職難、格差などの暗いニュースばかりで、萎縮するのも無理はないし、仮に起業等で挑戦しても失敗したら這い上がりにくいのも事実だ。

ただ、そこで失敗したことを失敗とは思わずに「経験値が積めた」と考えることは、失敗に敏感なゆとり世代、もちろん意識高い系にとっても時には有効だと思う。自分が思っている以上に失敗ってそんなに怖くない。自分にとっての失敗は世間様から見たら大したことがない。むしろなんでこんな些細なことで傷ついていたのか、と恥ずかしさを覚える事になるだろう。

 

 

…まぁ、かと言って野放しに失敗しろとおすすめするのもどうかと思うけどね。