SNSで見る内定式への熱意は果たしていつまで続くのだろうか…

仕事・ビジネス
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本日10月1日は内定式の企業が多い。twitterを見ても内定式に関する夢や希望、期待や熱意に溢れるつぶやきから、これから内定式を迎える学生への激励や皮肉を込めたつぶやきまで、ありとあらゆるつぶやきを目にする…

そんな熱意あふれる人たちをのSNSのアカウントをリストにまとめて追跡してはや2年。リストにまとめた人が今どうなっているかを改めて調べてみた。

 

もう仕事をやめてしまったアカウント

まず目に付くのは「ニート」の肩書きを得て、晴れて労働から開放され自由の身になったアカウントだ。内定式~入社式にかけては頻繁にビジネスに関して意識の高い言葉をつぶやき、マナー講師がいうような「感謝」「笑顔」「出会い」といったワードを用いたつぶやきをしていた。

仕事をやめてしまったアカウントは見れば接客業・理髪店・美容関連と華やかではあるが厳しい職ばかり。そんな華やかな世界に憧れるものの、実際に仕事をして現実とこの先の未来を知ってしまったのか仕事をやめてしまっていた。なんだか、もののあはれを感じる次第である。

 

自分の意見を殺すようになったアカウント

入社式までは自分なり理想論とも見て取れるが、日々のニュースに関する自分の考えや、仕事論や哲学をつぶやいていた。しかし、入社式から3ヶ月が経ってからか時事ネタに関する自分の意見や感想は非常に当たり障りのない、曖昧で簡素なものになってしまった。一言で言えば、つぶやきに熱意や覇気を感じなくなり、牙を抜かれ、爪をはがされた獣のように元気がないアカウントになっていた。

…まぁ、つぶやかなくなっただけで実際は心の中であれこれ思考しているだけかもしれないが。

 

つぶやかなくなったアカウント

一番多かったのがつぶやきが無くなり、今現在生きているかどうかすらわからなくなっているアカウントだ。理由としては仕事が忙しい、つぶやきを読むだけのいわばROM専になったか、それともインスタグラムなどのほかのSNSをメインに使うようになったか…と色々考えられる。

ただ、つぶやかなくなるまでの経過を見ていると、学生の間は時間がありそれなりに自由に考えや哲学を述べられれたが、社会人になると時間が奪われてしまい、あれこれ考え思考する時間がなくなってしまったのだろうか…と考えてしまう。

 

気でも触れたのかと思われるアカウント

もともとであれば真面目なつぶやきばかりであったのに、社会人になるとストレスのせいか、下ネタ・猥談、二次元やオタク趣味やなどの酔っ払っているかのようなつぶやきが増えたアカウントも少なからずあった。現実社会でストレスが溜まりすぎたせいなのだろうか…。

また、そういったアカウントが自分の職場のブラックぷりを錯乱したかのように自慢し、そのブラック自慢をもってこれから内定式を迎えるであろう学生に画像付きで皮肉なアドバイスをしていた…。この世の闇を見たような気がする。