ゲームが上手いし頭もいい人の特徴について語る

学校・教育関連
この記事は約4分で読めます。

私自身が中学受験で偏差値60近い学校(受験者数の多い高校偏差値に換算するとだいたい70相当)に通っていた経験によるものだが、頭が良くて賢い人のなかにはゲームも上手な人が割と多かったという印象がある。

よくある、「数学はゲーム感覚だ」という言葉も、その学校ではよく使われていたし、実際にゲーム感覚で勉強をしているような学生も多かった。世に言う「ゲームをしていたら頭が悪くなる」という言説は、あくまでもこの学校内においてはあまり通用しなかった。

そんな私の経験に基づいて、今回はゲームが上手くて勉強もできる賢い人の特徴について、個人的な見解を語っていこうと思う。

 

自分でゲームの攻略法や楽しみ方を見つけようとする意欲がある

ゲームと言っても、当時は課金前提のスマホーゲームは存在しておらず、いわゆる家庭用携帯or据置きゲームがメインだった時代であることをはじめに補足しておく。時代的にはゲームボーイアドバンス~ニンテンドーDS(初代)、ニンテンドー64~ゲームキューブが出始めた時代である。

加えて当時は今のようにネット上にゲーム攻略サイトが充実している時代でもなかった。各家庭にネット環境が十分に備わっているとは言えず、ゲームを楽しむためには攻略本を買うか、あるいは自分たちでゲームの攻略法を考える必要性があった。

そんな時代背景も影響してか、ゲームも勉強も出来る人は、自分でゲームを最後まで遊び尽くすために、自分で攻略法を見つけようとする意欲が強かった。それは、一種の向上心、向学心が強かったという表現できるだろう。

まぁ、やっていることは所詮娯楽のゲームだと言われればそのとおりなのだが、一つの事を最後までやり遂げようとする意欲を持っているために、その意欲を娯楽にも勉強にも発揮した。その結果、ゲームは上達し、受験にも成功できたのだろうと私は分析している。

攻略で躓いたゲームを途中で投げ出すこともせず、自分の力で最後まで粘る。まるで、解けそうで解けない問題を前にしても考えるのをやめない…という受験生なら一度は経験したであろう事を、ゲームでもやっているようである。

 

ちなみに、人によっては攻略本に載っていない遊び方(縛りプレイ)や攻略法を見つけたりするという独自性を見せることもあった。

具体的には「ゼルダの伝説」シリーズのような謎解き&RPGゲームで、自分なりの攻略法や裏ワザを見つけたり、RTA(リアルタイムアタック)に近いこともやっていた。

いずれにせよ、自分なりの楽しみ方を見つけるというところに、ただ親や先生に嫌々勉強をやらされてきただけの学生には見られない主体性を感じた。その主体性が、勉強のみならずゲームの遊び方にも出ているのだろうと推察している。

 

ゲームを極められる集中力・持続力・体力がある

ゲームが上手い人は、見方を変えればひとつの事に対する集中力、持続力、体力が優れている。つまり、タフさが勉強のみならずゲームの遊び方にも生かされているのではないかと考えている。

まるで体育会系の部活動を引退まで続けていた学生が、受験でもその体力を活かして現役合格を成し遂げる…というストーリーと、実に類似している。一言で言えば、体育会系同様に「強い」人間なのだ。

もちろん、ここでいうタフさは、瞬発力や持久力といった数値で測れる身体能力ではない。いわゆるメンタル面のタフさからくる体力が、勉強にもゲームにも役立てられていたのだと思う。

 

また、ゲームをやりこんだ経験がある人ならわかると思うが、ゲームの世界には時に理不尽にまで強い敵であったり、仕様という名のクソゲー要素が時折あるものだ。しかも、攻略本の内容も十分とは言えず、ネット環境もまだ発展途上の当時であれば、それらは容易にプレイヤーの心を折る脅威に違いなかっただろう。

そういったプレイヤーの精神力を削る要素を前にしても、簡単に折れず持ち前のタフさで果敢にぶつかっていったり、時には邪道に走って裏技やバグで突破しようと試みる。

困難を前にしてもへこたれないタフさが、受験勉強の時に身についてきたであろうことが、ゲームの遊び方一つ見ても分かるのではないかと私は考えている。

 

卑屈さや悲壮感でゲームをやっていない

最後に抽象的になって申し訳ないが、勉強もゲームもできる学生は「自分はコミュ障でゲームぐらいしか取り柄がない」という卑屈さや悲壮感でゲームをやっていないという特徴があった。(まぁ、もとより勉強ができる方なので、卑屈になるまでに自己肯定感が低くなるのは考えにくいのだが)

むしろ、勉強ができるのと同じ自分の強みとして、堂々とポジティブにゲームが上手いことを公言していた。そのため、同じく学生とコミュニケーションを取り合っていたり、自分なりのゲームの楽しみ方を見つける行為そのものに充実感を味わっているような印象が強かった。

今風に言えば、ゲームが上手い陽キャラと表現できる。性格もよく、頭もよく、そしてゲームも全力で楽しめる…ゲームぐらいしか取り柄がない人からすれば、ある意味で残酷な部分を持っている人といえよう。