勉強してるところを見られたくないと感じた時の話について語る

学校・教育関連
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今現在クリエイティブ職のフリーランスとして働いている身であるが、かつて仕事に関して勉強している時に、その勉強を人に見せたくない…というか、あまり勉強しているとか努力していると言わない方がいいなと感じたことがあった。

今回はその時のことについて以下でつらつらと語っていこうと思う。

なお、「仕事に関わる勉強」なので内容的に社会人を対象にしていると思われるかもしれないが、学生の方が普段の学校勉強or受験勉強でも通ずるものがあると思うので、ぜひ参考にできる部分は参考にして頂ければ幸いである。

 

勉強している姿を見て焦燥感を持ち出す人

育ちのいい人であったり、今まで人の縁に恵まれてきた人だとピンと来ないかもしれないが、世の中には勉強している人を見ることで、自分が持っている勉強や努力に関するコンプレックスを刺激されたと感じる。

もちろん、不快感を抱くだけで自分ひとりで処理する能力があればいいのだが、なかにはそれができず勉強している人を堕落させるかのように仕向けてくる困った人がいる。

ゆとりを持ってやればいいとか、仕事で神経すり減らすことはないよとか、健康第一で働けばいい…と、もっともらしい事を口にしているし、社会人であればまず減点されるようなことはないお手本のような言葉である。

しかし、私はどうもそこに「頑張る人が身近にいると、それだけで焦燥感が募って嫌な気分になる。だから空気を読んで頑張らないで欲しい」という、どこか被害者意識の強さを感じるメッセージが秘められているように思う。

 

 

自分と同じだと思った人が自分より上を行くことに恐怖する人

私がまだクリエイティブ職として働いて間もなかった頃「いわゆる好きなことの延長線上にある仕事なのだから、やる気や熱意があり勉強熱心な人が多いのだろう。そういう人に負けないように精進せねば。」と思っていたが、私が関わった人の中にそう感じる人は(主観ではあるが)極めて少なかった。

むしろ、好きなことぐらいでしか頑張れず、いつも劣等感に苦しめられている人が多かった。また、好きなことで頑張ると言っても、仕事の質を上げようとか、日々自分を鍛え上げようという気概を持つような人は少なかった。

そういう人から見れば、私のような「勉強したい!」という人の存在は自分に危害を加えるような人に映ったのだろう。

 

普段リアルに生活している中ではなかなか出会うことがない職種であるからこそ、同業者との出会いはたいへん嬉しいものであるし、強い同族意識のようなものが芽生えるものである。

しかし、その同族意識の強さは時に仇となる。

とくに「自分と同じレベルの人かそれ以下の人しか認められない…ましてや、同族だと思っていた人が成長して自分を上回るのは精神的に耐えられない」という気持ちをうっすらとでも持っている人の中には、その気持ちを自分一人で上手く処理できず、焦燥から努力し這い上がろうとしている人に親切を装いつつ堕落へと誘うように動こうとするのだ。

 

 

最後に

なおこの手の行動は、いわゆる子供が自分よりも賢くなること、社会的に認められることに対して内心不愉快な気持ちになってしまう親の心理にも通ずるものがある。

また、今まで社会の中で競争を避け、堕落すべくして堕落してきた者同士と触れてきた時間が多い人ほど、良くも悪くもゆるい雰囲気や空気感、あきらめや白けから成り立つ文化に染まってしまっており、余計に自分と同じく堕落しない人に対して「こっちはいいよ~」と誘ってくる傾向があると私は考えている。

そのように考えるのは、仕事の話ではないが、かつて意識高い「系」の大学生と関わっていた時に出会った人達が大きく影響している。

その当時にあった人たちは、意識が高そうには見えるがどうも性根の部分はだらしがない。若さゆえの自己コントロールができていないというよりは、幼い、拙い…という印象であった。

そういう自分の意識のみの高さ能力の低さの差をうっすらと自覚しているのか、表面的には頑張っているふり(傍から見たら滑稽なおままごとしか見えないが)をして、人目のないところではだらける。そしてだらけている事を「効率よく、要領よく生きなきゃね」的なことを言って都合よく解釈するし、その言い訳じみた解釈に対して鋭く指摘させないような雰囲気を作っていた。

こういう雰囲気を維持したい。ただ誰かを排除するような形をとるのはリスクが大きい。意識高い系だからこそ、自分の化けの皮がはがされるリスクに関しては敏感なのだろう。

結果、まっとうに努力し勉強する人に善意を装って堕落に誘うという行動に出るのだろう…と私は推察している

 

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