私個人的な主観で恐縮だが、近頃やれマウント取りだの、ハラスメントだの、関わってはいけない人○選だの、エナジーヴァンパイアだの…といった情報が注目を集めているのを見ると、それだけ被害者意識を募らせている人が増えているのではないかと思う。
えてしてこの手の情報を有難がるのは、他人を不快にさせる加害者側の人ではなく、他人から不快感を与えられて今まさに苦しんでいる被害者側の人であることは容易に想像できる。
だからこそ、マウントやハラスメントなどの自分に危害を加えてくる可能性のある人の情報はニーズがあるのだろうと見ている。
…と、タイトルから話が若干逸れたような気もするが、今回はそんな被害者意識の強い人をどこかひねくれた目で傍観している私の視点から見た、被害者意識の強い人の心理について考察を述べていこうと思う。
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世の中は「善」と「悪」の二つで分けられ、自分は「善」でありたいという思いの強さが被害者意識を強める
私が思うに被害者意識の強い人の中には、世の中の多くの出来事は「善」と「悪」の二つで分けられる。そして、自分は「善」側の人間でありたいという願望が強いと思う。
また、一般的なイメージでは
- 善=被害者
- 悪=加害者
と考えるのが自然だろう。
悪事を働く人は善良な人々を苦しめ悩ます存在(=加害者)。
日々を善良に生きている人々は、悪事を働く人に悩まされるかわいそうな存在(=被害者)
そういうイメージにこだわり、日々をいい人であろうだとか、人に迷惑をかけないようにだとか、人の役にたとう…というような、善人であろうとし続ける願望が強い人ほど、被害者意識を募らせる土壌が自分の中にできているのだと私は考えている。
現実は善悪で二分できないことが多くて不安になった結果、ますます善にすがりつく
しかし、現実のあらゆる出来事は善悪で二分できるほどシンプルではない。
わかりやすい例で善人・悪人…つまり、人間を善悪で見る事例を考えてみたとしても、善人に見える人にも悪の部分があったり、悪人に見える人の中にも善の部分があったり…と、純度100%の善か悪かしかない人なんていないものである。
そういう複雑さや曖昧さを目の当たりにして「あらゆる物事を二つにきっぱりと分けることは難しいものなのだ」と納得し、曖昧を曖昧として受け止められればいいのだが、どうも中には善悪のような白黒はっきりさせないと気が済まない人がいる。
その人達はもちろん自分を悪側と考えることはしない。むしろ、自分が善側でありたいと考えるが、現実がそう簡単に綺麗に善悪で二分できるようなものでない以上、理想と現実のギャップに悩む。
そして、その悩みからまるで逃げるかのように善にしがみつく…こういう心の動きが被害者意識の強さに繋がっていると私は考えている。
「自分は善側の人間」と思い込みたい者同士で集まる環境が整うと起こること
少し抽象論が続いて恐縮だが、ここからはおもにインターネット上の人間関係をもとにして具体的に書いていこう。
自分は善側でありたいと強く思い込む人は、今やインターネットを使えば同じ思想の持ち主と簡単に出会うことができる。
貧困に悩む人、ハラスメント被害者、いじめの被害者、社会不適合者…など、何らかの被害を受けている人(=善側の人)が好んで使いそうな経歴、肩書き、キーワードをもとに検索すれば、容易に交流することが可能だ。
もちろんこうした交流は、お互いの理解を深め安心感を育むのに役立つ。同じ悩みに苦しむ善側の人との出会いは、本人たちにとっては何よりの救いになるだろう
しかし、思い込みが次第に確証に変わり、当たり前の事実になる…という具合に、関わりの中で自己認識が変わっていくと、後述するように物言う自称被害者となり、また別の問題を生む要因になるという怖さもあるのだ。
善であることで増長し、物言う自称被害者となって周囲とますます摩擦を生む
善でありたいという強い願いを持つ者同士で集団になると、次第に思想が先鋭化することがある。
これは、「サイバーカスケード」や「エコーチェンバー効果」と呼ばれている…と言っても、ピンと来ない人もいると思うので、ざっくりと説明すれば、
- 「自分は善側の人間だ」
- 「自分は善側であり正しい人間だ」
- 「自分は善側であり正しい人間であるからこそ、社会を正しい方向に変えていかなければないならない」
- 「自分は善側であり正しい人間であるからこそ、社会を正しい方向に変えていかなければないならないが、そのことを理解していない人間が多すぎて毎日生きにくいし、理解もされない!」
と、どんどん思想のスケールが大きくなり、そして乱暴で極端なものになっていく。
ここまで思想が先鋭化すると、「自分は善側の人間だが現代社会で被害を受けていて生きづらい」と主張されても「いや、今のあなたは被害者ではなく加害者の側にいる人間では?」とか「被害者面して主張するその姿がとても攻撃的で怖い。もはや加害者では?」という反応になるのも無理はない。
そういう反応の一種が、たとえば自称HSPや自称繊細さんの人にぼんやりと感じるウザさに現れているのではないかと見ている。
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最後に
余談だがこれはネットでの情報発信をする上でしょうがないことだが、自分を加害してくる人に関する情報をまとめた記事や動画はシンプルに数字を稼ぎやすいという特徴がある。
一時期ビジネス系インフルエンサーが皆胸元でバツマークを作って「関わってはいけない人○選」みたいな動画を挙げていたりしたが、これは純粋にこの手の情報が人気があること。そして関連動画に並ぶことで流入が見込めるからアップしていたという側面がある。
商売としてやっている以上、数字に貪欲になるのはごもっともだ。だからこそ、被害者意識が強くあろうとなかろうと、なんとなく被害者意識をもってそうな人に刺さる情報を発信している人を見かけた時は、一度立ち止まって冷静に見る目を持つことも重要だと思う。
もちろん、このブログも含めて…
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