真面目系クズが治らない理由についての考察

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真面目系クズの人と関わる中で感じたのが、クズな部分を直そうとしないし、真面目一色になることもしようとしない。

つまり、真面目系クズを根本から直そうとしない人が多いということだ。当然、直らないから社会生活(とくに社会人)に馴染めなかったり、そもそも学生時代で躓いてしまう人もいた。

人によっては、自分は不器用だと諦めていたり、不満を感じつつも、それを直すことに非常に無気力。心理学でいう「学習性無力感」に通ずるものを感じる人もいたというのが私の率直な感想だ。

今回は、なぜ真面目系クズな人が自分の性格をなおそうとしないのか、について考えたことを語らせて頂こう。

 

真面目系クズが治らない理由についての考察

楽して真面目な性格の美味しいところを頂きたいという願望がある

まず最初に、真面目系クズの人は、真面目という性格が持つメリットの部分を手軽に享受しようという下心があるように思える。

誤解を恐れずに言えば、「楽して美味しい思いをしたい。そのために真面目ちゃんな仮面をかぶってい初対面で好印象を得ようとしている」ように思えたことが、関わる中で多々あった。

そして、その思惑通りに初対面で好印象を運良く獲得できた経験が、真面目系クズを直す気力を奪っているのではないかと考えている。

例えば、今まで真面目にコツコツ働いていた人が、ギャンブルで簡単に大金を手にしてしまったことで、真面目に働くのがアホらしくなった。その結果、ギャンブル含め楽に稼げる儲け話にのめり込んでしまい、破滅の人生を辿ってしまうのと似ている。

真面目系クズの人は、手軽に好印象を手に入れたという経験がクセになってしまい、本当に真面目な人に見られるコツコツと何かを積み上げることに魅力を見出さなくなってしまった。

その結果、自分の性格を根本から直すことより、今の性格のままで居続ける。楽な方に流れているのではないかと考えられる。

 

他人から嫌われたくない気持ちが強く、保身としての真面目に頼りすぎる

真面目系クズの人は、自分にはクズな一面がある事を自覚している。その一面を他人に見せよう物なら、周囲の失望や顰蹙を買ってしまい、見捨てられてしまうであろうことは想像に難くないため、とにかく保身に走る傾向が見られる。

もちろん、クズな一面がある事を正直に白状して、自分のクズさを改善していく‥という至極もっともな努力をしていければいいのだが、上でも触れたように手軽に人から良い評価を得てしまった経験が災いして、ここでもコツコツと自分を変えることができないのだ。

  • 「あくまでもクズな自分が露呈しないようにしなきゃ…」
  • 「クズさが露呈して他人から嫌われないようにしなきゃ…」

と、その場しのぎでしかない手軽な努力をしていれば、人間関係が深まるはずもない。

そして、相手も「真面目そうに見えるけど、よく見れば誠実さが感じられない。なんだか、他人と仲良くなることを拒んでいるかのように「真面目」というキャラを使っているように思えて、どこか不気味で不穏な気持ちになってしまう」となり、人間関係が続きにくくなるのだと考えられる。

 

真面目以外の道を歩むことが怖い、チャレンジ精神が弱い

真面目系クズの人は、普段の生活から進学・就職といった今後の人生の選択など、あらゆる羽目に置いて真面目以外の道を進むことを異様に怖がる傾向が見られる。わかりやすく言えばチャレンジ精神が極端に弱いということになる。

自分の人生なのに、主体的に動こうとしない。主体的に動くぐらいなら、親や教師、上司など立場が上の人のいいなりになり、考えることを放棄したほうが楽であるという考えに凝り固まっている。なので、自分の性格を変えるというチャレンジにも消極的で、渋々現状維持に甘んじているのだと考えられる。

また、上でも触れたように、保身の強さから新しいことに挑戦して自分で責任を背負うぐらいなら、誰かの支配下に自ら入って、その人の手足として動くほうが、真面目な自分に合っていると思えることが多い。

しかし、その一方で「他人のいいなりになることでしか自分は動けないので、真面目ではなくただぐうたらな人間でしかない。本当にクズなやつだなぁ…」という自己嫌悪を抱えているのも、また事実だ。

高度経済成長期のように、決まり決まった生き方が提示されていた世の中であれば、真面目系クズの一昔であれば生やすかったかもしれない。だが、現代は終身雇用も崩壊し、自主性や積極性が強く求められている世の中であるため、真面目系クズの人の生きづらさが強く認識されるようになっているのではないかと思う。

 

自分の人生に対して投げり、諦めの姿勢がある

真面目系クズであることに自己嫌悪の念を抱きつつも、

  • 「どうせ自分は真面目にも、クズにも慣れない中途半端な真面目系クズだから」
  • クズな部分の自分がいても仕方ないよね。

という、自分自身に対してどこか諦めている姿勢が見られる。これも、性格が直らない原因だと思われる。

おそらく何度か自分の性格を変えようとしたのだが、結局のところ失敗に終わり「自分を変えようとしても無駄なんだ」という(後ろ向きな)知見を得たことで、無力感を持つようになったのだろうと私は考えている。

綺麗な言葉で言えば、開き直り、悟りを得た状態。悪く言えば、自分の人生に対する無責任な姿勢を貫く、投げやりになっているという状態である。

もちろん、真面目系クズでなくとも、何らかのいい結果を得たいが努力を重ねるも、うまくいかないという経験を重ねることは、たいへんな苦痛を伴うものだし、心が折れるのも無理はない。

しかし、心が折れた結果として「どうせ辛い思いをするのなら、何も変えないほうがマシである」という姿勢を取ると、一人で生活するのならともかく、社会に入って他人と共同生活をする場面で衝突を起こしてしまうのは避けられない。

真面目系クズの人はそのことを理解して、(完璧になれとは言わないにしても)少しでも他人と折り合うことを学んだり、クズな自分を認めて改善していくことで、社会での生きやすさを得ることに努力してもらいたいと思う。

「何をやっても諦めや投げやりの姿勢ばかりの人と振り回されることで、他人は自分のことをどうに見るようになってしまうか?」ということに、少しでも意識が向くようになることが、真面目系クズな性格を直す第一歩であると感じる。

…ということを語って、今回はお開きにさせて頂く。