まずはじめに、私はいわゆる多大な影響力を持っており、ネット上で活動しているインフルエンサーではない。
しかし、前の仕事でネット系の広告・宣伝・広報など、インフルエンサーがやっている仕事と近いことをしていた経歴がある。その経験も踏まえて、インフルエンサーになりたい人へのアドバイスをまとめた。
正直言ってインフルエンサーになるのも、そしてなってからも大変なことは多い。また、そもそもインフルエンサーを目指さなくても、自分の活動(たとえば動画、音楽、イラストなど)である程度収入や人気を得られるので、インフルエンサーにこだわる必要性はない…と、ぶっちゃけ考えている。
しかし、それでもなおインフルエンサーになりたいと願ってやまない人は、参考にできる部分だけ参考にして頂ければ幸いである。
自分の狙ったファンだけを集めることは非常に難しい
インフルエンサーになるために「バズ」を狙う人は多いだろう。
何かの拍子に自分の投稿したコンテンツが拡散され、多くの人が自分を知ることになりファンが付く…これこそが、インフルエンサーとして成り上がりたい人なら、誰もが一度は考える未来予想図であろう。
バズは地道に時間をかけて活動しなくとも、運がよければ短時間でファン獲得に繋がるのが魅力である。人生一発逆転のシンデレラストーリーを夢見ている人からすれば、まさに望ましい予想図といえよう。
しかし、このバズの問題点は自分の狙ったファンだけを集めることが非常に難しいというところだ。具体的に言えば、自分が想定しているファン層以外の人の目にも触れてしまう。つまりアンチ層、あるいはアンチ予備軍のような人の目にも触れてしまい、批判コメント殺到や炎上に発展する恐れがあるのだ。
おまけに、twitterのように拡散力が強いSNSだと、自分で拡散のスピードを調整することはまずできない。できてもミュート、ブロック、鍵垢にする程度だ。
そのために、大量の批判コメントが来たとしても自分一人の力ではどうにもすることができない。台風が通過するのを待つように、炎上が収まるのを待つまで、ただじっと耐える事になる可能性があるのだ。
…まぁ、これはあくまでも炎上スレスレの狙った投稿した場合にのみ起きうることだが、いずれにせよバズ狙いの場合は、自分の想定しているファン以外にも届いてしまう可能性について熟知しておくのが好ましい。
多くの人に見られるとなれば、当然その中に自分を快く思っていない人がごく少数でも紛れ込むことは起きうる。日常生活ではそういった人の存在を意識することはあまりないものだが、ネット上だとそういう人の方が負の影響力を持っている事がある。
意味もなく影響力を強めようとして泥沼化しやすい
インフルエンサーになりたい人に多いのが、病的に数字を追い求めようとしてしまうことだ。
いいね・リツイートの数、フォロワー数、チャンネル登録者数など、これらの数字が高ければ高いほど自分のインフルエンサーとしての価値や影響力…ひいては人としての価値が上がるかのような感覚に陥ってしまい、上にも触れたように炎上スレスレの行為に及んで自爆してしまうことがある。
もちろん、インフルエンサーとして収入を得る事を目的としているのなら、数字に必死になる必要性があるのは否定できない。しかし、着目すべきなのは数字そのものではなく、その中身である。
後述するが、いくら大量のフォロワーを獲得したからといって、そのフォロワーの多くが自分を遠くから観察する目的(=ネットウォッチ)だけのアカウントであれば、彼らに何か商品やサービスを売って生活していくことは難しい。
数字を追い求めることは、言い換えれば自分のファン層とは違う人にアプローチをしているわけなので、あまり効率的とは言えない。むしろ、自ら炎上のリスクを上げている行為と言える。
なるべく”まとも”なファンを獲得することも、インフルエンサーの役割
順調にファンが定着したとしても、例えば狂的的すぎるあまりに、なんでもインフルエンサーである自分の言動、投稿、一挙手一投足を過剰に肯定してしまうような、コミュニケーションのバランス感覚に欠けた危ういファンの場合は、決して喜ばしいとは言い難い。
というのも、つい最近某インフルエンサーがマスク云々で言い争ったことを投稿した結果、何者かが餃子店に電凸をして営業休止に追い込まれたしまった出来事があったように、熱狂的なファンが暴走して多方面に迷惑をかけてしまうような事態が起きてしまうことがあるからだ。
いわゆる「ファンネル」と呼ばれるよるに、ファンが自分の応援しているインフルエンサーの敵に当たる存在を勝手に攻撃する…というようなことが起きないように、なるべくバランス感覚がまともで手堅いファンを獲得していくことが望ましい。
荒くれ者のファンばかりを統率するのは難しい。また、荒くれ者のファンが喜ぶような芸風で大量のファンを獲得したとしても、次第にインフルエンサーとしての影響力が、ただの数の暴力になりかねない危険性がある。
関連記事
最後に
清く、正しく、美しくという宝塚歌劇団の教訓にもあるように、節度を守った活動を自ら行うと同時に、ファンもまたその活動を理解できるよう指示していくことが好ましいと言える。
しかし、あまりにも正しさを追求した結果、正義中毒に陥ってしまう可能性も否定できない。そういう意味では、悪にも正義にも偏りすぎないバランス感覚を持って活動していくのが望ましいが、この方法だとネット上ではウケが悪いのが弱点だ。
結局のところ、どっちかに偏った方が素早く数字は取りやすいのだが、こうした誘惑に飲み込まれないことが重要だと私は考えている。