何かと鬱屈した世の中の影響なのか、無駄に消耗せず、無駄に頑張らず…という具合に、自分を大事にして日々生活を送る人が増えているように感じる。
とくに、まだ元気があり余っているはずの若年層の人でも「下手に消耗しないようにしなやかに生きる」という具合に、自分に優しく、自分を労わり、そして自分を大事にしすぎることを厭わないような生活を送ることこそが賢い…という価値観が形成&指示されている節を感じる。
しかし、(これは私の持論だが)自分で自分を大事にしすぎる生き方は、生きやすさを増すように見えて実は生きづらさを増すような生き方なのではないかと思う。
今回はこの件について、個人的な見解を述べていこうと思う。
自分に優しくしすぎて、まるで自分を老人かと思い込むような生き方を送る
自分にやさしいと言えば聞こえはいいが、自分で自分を侮っているというか白けているというか、どうも真剣味がないヘラヘラとした人生を歩むことを自己肯定しているように見える。
若くて気力も体力も若者らしく十分あるはずなのに、まるで自分を老人であるかのように捉えて、自分で自分の生き方に変な制限をかけている。そういう生き方が「消耗しない人生」として持て囃されていると感じることが多い。
体は現役世代のはずなのに、心は定年退職して守りに入っている…そんな体と心の年齢が乖離している人が、とくに若い人に増えているように感じてならない。
「自分に優しくしていいよ」という言葉を免罪符にして、努力から逃避する生き方が生きづらさの原因になる
妙に自分を大切にしすぎている人は、自分に優しくしているというよりは、
- 「人生は頑張らなくても上手くいくよ」
- 「人生長いんだから長期目線でみればいいんだよ」
- 「嫌なことがあったら逃げてもいいんだよ」
- 「普段から真面目で頑張りすぎなんだから、もうちょっとわがままになってもいいんだよ」
- 「一番にならなくても、もともと特別なオンリーワンなんだよ」
- 「辛ければ休んでいいんだよ。休むことに罪悪感を覚えなくてもいいんだよ」
という具合に、ネット上で誰かが発信ている無責任に優しい言葉に感化されている傾向があるように感じる。
もちろん、これらの言葉は一理はある。(そもそもこの世の中に一理すらない意見や言葉は無いと思うのだが)
しかし、この手の優しい言葉を間に受けた結果起きうることについては、当然自分に優しくする選択を下した当人が引き受けるものだし、優しいメッセージを発する人が責任を持ってくれるわけではない。
自分を大切にすればするほど競争に弱くなり能力が下がる
これは私の持論だが、自分を大切にしすぎる人は「消耗しないのがいい」と考えるためか、仕事においては学ぶこと、勉強することを回避する。
日常生活においてはだらけることを推奨して無気力になる。精神的には成功体験や成長する喜びが味わえず、情緒不安定になる…という、状態になってしまう。
要するに、弱々しい人間になってしまうのだ。
仕事でもプライベートでもできないこと、苦手なことが増ええてしまい、生きづらさを増やしてしまう。そんなちゃんとしていない人生を歩んでいれば、ますます自分で自分が嫌いになり、自己肯定感が下がるのも無理はないと思う。
まぁ、誰でも年を取れば「老い」により、昔出来ていたことが出来なくなる経験はあるものだ。しかし、その「老い」というのは純粋に身体能力の衰えによるものだけではなく、普段の生活の仕方や思考…つまり「消耗しなくてもいい」というような考えに毒されることでも起こりうると私は考えている。
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自分を大事にしすぎる人が増えて喜ぶ人たちについて
最後に、この手のように勝手に自分で自分に優しくしすぎて、若いのに人生を諦めたかのような態度を取る人が増えることについて、正直言って喜ばしいとか「勝手に競争相手がリタイアしたので、自分にとってはヌルゲーの生きやすい世の中がやってきた」と感じる人もいるだろう。
才能も将来性もあるのに、勝手に自分で自分に優しくする…というか自分を甘やかし堕落させて、せっかくの才能や将来性をダメにする。
社会全体でみれば損失かもしれないが、その損失が出る状況を見て「才能が無いし休むのが下手だし、そもそも若くない自分にもまだ希望はある!」と感じる人がいてもおかしくないと思う。
かくいう私も、いわゆる藝術寄りのクリエイティブ職であるためか、才能や将来性がある人なのに、どうも自分で自分を大事にしすぎるメッセージに毒されたためか、早々とクリエイティブな活動をリタイアしてしまう。結果、さほど才能が無いと感じている自分の方が割といい結果や経歴を手にしてしまう経験があった。
そういう経験を実際にしているからこそ、自分で自分を大切にしすぎてダメになる人を見て「見込みあったのにもったいないなぁ」という残念な気持ちを抱くと同時に、「勝手に競争相手が棄権していった結果、なんか運良く自分が生き残ってしまているなぁ」という嬉しい気持ちを抱いて複雑な気分になることがある。