なめられやすい人の優しさの問題点について説明する

人間関係・コミュニケーション
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他人から格下の存在に見られてしまう…つまり、舐められやすい人の特徴としてよく見られるのが、真面目で誠実で優しい人であることは、多くの人が自然と想像できるものだと思う。

もちろん、他人に優しくすることは学校や職場、友達、恋人、ネット上など、あらゆる人間関係の中で役に立つスキルである…が、そのスキルばかりを使い続けると舐められてしまい結果として自分の信用を無くしてしまうことが起きてしまうのだ。

子供のうちから優しくて真面目と言われてきたが、大人になってうだつの上がらない社会人になってしまう人は、まさに他人に舐められてしまうような優しさを持ち続けてしまった結果だと私は思う。

今回は、そんな舐められやすい人の優しさについて、個人的な見解を述べていこうと思う。

 

優しいだけの人ほど舐めてかかってくる人に都合がよい

まず、舐められてしまう人は

  • 何があっても他人を否定しない、ネガティブなことは極力言わない。
  • 自分が損をするような事であっても引き受けてしまう。自己犠牲を厭わない。
  • 怒っても問題無い場面でも笑って済ましてしまう。相手を怒らない。

という、優しい「だけ」な行動がよく見られる。他人と交渉事や衝突を極力避けることを優先しているため、優しいというよりは臆病者だとか、自己主張ができないだとか、都合のいい人という印象が強い人である。

ただし、それではあまりにも失礼なので、周囲の人は気を遣って「優しい」とか「真面目」とか「しっかりしている」と言われているのが実情であろう。

このタイプの人は、最初のうちは優しさに惹かれて周囲に人が集まりやすいが、次第に失礼なことを言っても怒らない人、反撃してこない人だということが見抜かれてしまう。つまり、舐めてかかってしまう人が出てくるのである。

これが学校ならいじめ。職場ならハラスメントや条件の悪い仕事を押し付けられるなどの事態になる。また、恋愛関係ならDV(ドメスティックバイオレンス)につながってしまう原因になるのだ。

 

優しくする事にこだわり過ぎて他人を調子に乗らせてしまうのが問題

また、優しいだけの人は優しさで周囲の信用や好感度を獲得してきたことが災いして、自己主張をしたり必要な場面で怒ることを嫌がる傾向がある。あるいは、優しくする以外で他人と上手く関係を持つ方法を知らないor経験していないために、優しさを手放すことがそもそもできない傾向もある。

そのことがよく現れているのは「怒っても問題無い場面でも笑って済ましてしまう」という行動であると私は考えている。

優しい人と言われている人には、自分が怒るべき場面であっても、「いいよいいよ」と、怒ることを放棄して笑って済ましてしまう人がよくいるものだ。傍から見れば聖人のように見えるかもしれないが、一方でこれは怒るべき場面ですらもヘラヘラとした態度しか取れないような人と見られる。

つまり、他人を増長させ付け上がらせてしまうようなコミュニケーションをする、危なっかしい人間だと思われる可能性もあるのだ。

 

優しい人こそしっかり怒れないと信用されなくなってしまう

何故危なっかしいのかというと、たとえば怒るべき場面でヘラヘラする人が

  • 自分の職場の教育係だったら…
  • 大きな金額が動く交渉事の決定権を持っている人だったら…

と想像した場合、部下や取引先に舐められて面倒事になってしまうであろうイメージは容易に想像できるだろう。

然るべき場面で怒れないし、断れないし、強い態度も取れないし相手のいいなりになってしまう。そんな優しいのではなく弱腰な人を信用しろと言っても「無理」という感想を持つのが自然である。

平社員であろうとバイトであろうフリーランスであろうと、優しさに固執するあまりに、なんでもハイハイとモンスタークレーマーの言うとおりに従ってしまっていては商売あがったりである。優しいだけで舐められてもなお優しさを手放せないのであれば、周囲から呆れられ信用されなくなるのも無理はない。

もちろん、仕事だけでなく恋人や友達、家族でも信用されなくなっても無理はない。大切な人を守れない優しさにこだわる人を、どう信用すればいいといのうだろうか。

 

 

他人に怒れないままでは、優しいのではなく甘やかす人になってしまう

冒頭でも述べたように、子供の時は優しいことで評価されていた人が、大人になって評判が悪くなる理由がこれである。

優しいだけで自己主張ができず、自分や自分が所属する組織に不利益を与えてしまうトラブルメーカーになったり、自分の大切な人を危険に晒しかねないような危うさがあるからこそ、信用もされなくなり評判が下がってしまうのだ。

私が思うに、他人に怒れないままでは、優しいのではなく他人を甘やかす人になってしまうと思う。さらに悪く言えば、自分は優しくて人によい影響を与えていると思っているかもしれないが、その実態は自分の優しさが仇となり他人をモンスタークレーマー化させてしまうような危なっかしさがある人なのである。

 

優しいだけでは自分も他人も守れないし、信用もされない。当然社会で生きてくにしても何かと損をすることになる。

そんなことにならないようにするためには、怒る訓練をすることが欠かせない。もちろん、わめき散らすとか理不尽に怒ることを推奨しているわけではない。

自分の嫌なことには「嫌です」という。不快なことには不快だと態度で示す…など、(地味なようだが)自己主張をしていき、優しいだけの自分を脱却していくことが欠かせない。

もちろん、優しさにこだわってきた人は不快感を出すことに抵抗があるかもしれないし「そんなことをしたら信用を失う」という恐怖感を覚えることもあるだろう。

しかし、然るべき場面でちゃんと怒れれば、怒れない場合と違って「この人は舐めた態度を取る人にはしっかり怒れる人」だと思われて、ちゃんと信用が獲得できるのだ。

子供の時から優しいとか真面目とか言われて育ってきた人はこのことを強く胸に刻んでおいて欲しいと思う。