偽りの優しさに騙されやすい人の特徴を語る

人間関係・コミュニケーション
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「優しい人だと思っていたら、実は他人を騙すような全然優しくない人だった!」というように、偽りの優しさを見抜けず損をしてしまう人は多いものだと思う。

とくに、将来への漠然とした不安が常につきまとう現代を生きる人たちにとっては、自分に優しさを向けてくる人のことをつい信用してしまう。

信用している間は、少なくとも目の前の不安から解放されるからこそ、それが偽りの優しさであっても、つい期待や信頼を寄せてしまった結果、偽りの優しさに騙されてしまうのだろうと推察している。

今回は、そんな偽りの優しさに騙されやすい人の特徴を語ろうと思う。

 

偽りの優しさに騙されやすい人の特徴

優しい人であれば無条件に「いい人」だと判断してしまうぐらいに社会経験が浅い

まず、偽りの優しさを見抜けない人は社会経験が浅いことが特徴的だ。

誤解を恐れずに言えば、人間関係で揉まれた経験が少ない人(学生、若者、主婦)だからこそ、自分に向けられる優しさが本物なのか嘘なのかを見抜けないのだ。

本来であれば、人間関係の中で自分に対して優しいフリをして、裏では自分の足を引っ張るようなことをしている二面性のある人と出くわしたり、まるで過剰に優しく振舞って他人を堕落させてしまう人と出会う中で、自分と関わる人が本当に優しい人かどうか吟味できるようになるものだ。

とくにビジネスのように自分の利益や立場、そして将来がかかってくる場面において人間関係に揉まれた経験がない人ほど、優しい素振りを見せて他人を言いくるめたり、堕落させる人に対する嗅覚と耐性が弱い傾向があると私は分析している。

 

他人を疑うことに抵抗を感じる、善良な人間でいたいという願望が強い

もちろん「これは偽りの優しさでは?」となんとなく勘付けたとしても、そこから優しさを向けてくる人を疑えなかった結果、偽りの優しさに騙されてしまう場合もある。

これが、明らかに自分に敵意や悪意を向けてくる人であれば簡単に疑いの目を向けられるし、距離を置くことにも抵抗は感じないだろう。しかし、最初の印象が「優しくていい人」であるからこそ、「そんな優しい人を悪人として見てしまうのは良心が痛む」と感じてしまい、なかなか疑えないのだ。

また、疑わないままでいたほうが、自分は善良な人である、清い心の持ち主であると思い続けられる。つまり、自分自身を汚さなくて済むからこそ、たとえ違和感を覚える相手であってもつい信用してしまい、距離を置けなくなるのだ。

 

メンヘラ、あるいは精神的に弱っている

精神的に弱っている(=病み期)、不安定である、誰かに対して強く依存したい願望が強い…つまり、メンヘラな人もまた偽りの優しさを向けてくる人にどっぷりハマってしまう傾向が強い。

理由は、精神的な不安定さ故に自分に対して好意や興味・関心を向けてくれる人であれば、よく吟味せずに受け入れてしまう。自分に優しくしてくれる人に依存することで、精神的な苦しさから解放される、自分に自信を持てたり、孤独感を埋められるからこそ、優しい人のことをロクに調べもせず受け入れてしまうのだ。

なお、メンヘラな人に対して偽りの優しさを向けてくる人は、あえてメンヘラな人を狙って偽りの優しさを向けていると感じることが多い。

理由としては、精神的に弱っており判断力が鈍っているので「偽りの優しさなんかいらない!」と拒否される可能性が低い。つまり、騙しやすいからこそメンヘラな人を集中的に狙って偽りの優しさを向けているのだと考えられる。

 

…とはいえ、メンヘラな人に偽りの優しさを向けることで何の見返りがあるかについては、正直言って疑問に思う方は多いと思う。

これは私の持論になるが、偽りの優しさを向けてくる人は、自分の存在や価値を必要としてくれている人を欲していたり、自分の言うことを聞いてくれる人を欲している。つまり、偽りの優しさを向けて来る人もまた精神的に弱い部分があり、共依存関係になれそうな人を探しているからこそ、メンヘラな人を狙っているのだと分析している。

なお、共依存関係以外にも、胡散臭いビジネスに誘い込んで金を集めるためだったり、(表面的にでも)優しい人であると周囲に誇示したいという思惑があって、偽りの優しさを向けている例もある。

 

今まで優しさを受けてこなかった人ほど、偽りの優しさに騙される仕組み

最後に、今まで多くの人から優しくされてこなく、むしろ乱暴な扱いを受けたり無視・無関心を受けてきた人ほど、偽りの優しさに騙されてしまう仕組みがあると私は考えている。

理由は、今まで優しくされた経験が乏しいために、自分に向けてこられる優しさを深く分析したり吟味することそのものが難しい。

ある程度優しくされた経験があれば「この人は確かに優しいけど、なんとなく薄っぺらいというか、自分以外にも同じような優しさを振りまいているんだろうな…」という類の違和感に気づけるが、優しくされた経験が乏しい人はその判断すらできずに「この人は優しいから信用できる!」と即断即決してしまいがちになる。

もちろん、乱暴にされた経験の中で優しさを見抜くスキルを養われた人もいるが、えてして乱暴にされた経験のある人は精神的に弱っている人が多く、心身ともに健康で余裕のある状態でなければ、偽りの優しさにコロッと騙されてしまいやすい。

とくに最近では、SNSやyoutubeなどで検索すれば多くの優しい人に出会えるいい時代になったが、一方でネット上で活動しているひとの優しさをよく吟味する重要性も増していると感じている。