「HSP=情報弱者」という認識を持つようになったきっかけを説明する

HSP
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ここ数年近く流行っているHSP(繊細さん)について、私はここ最近で「HSP=情報弱者」という認識を持つようになった。

こう思うのはHSPに関する情報であったり、HSPを名乗る人の投稿や動画を調べれば調べるほど、かつて意識高い系の学生だった頃に感じた同じく意識高い系の人たちの思考や行動、ひいては生活態度や基礎学力の低さなど通ずるものが多々あったからだ。

もっと嫌な言い方をすれば、HSPなる概念を疑わずにホイホイ近づくような真似をする行為そのものが社会の底辺に自ら突き進むようなもの。繊細だからという優しそうな印象があるからということで、気軽にほいほいHSPを名乗るような真似をすれば、簡単に社会の底辺に落ちてしまいかねない…という認識をここ最近持つようになった。

今回は、そんなHSPと情報弱者の関連性について個人的な見解を述べていく。

 

 

HSP「さん」、繊細「さん」という呼び名に拒否反応を覚えない状態が情弱の人と被る

わたしが意識高い系だった学生だったころ、(能力とか実績はさておき)若くて行動力があるということだけで大人から評価されることがあった。

ちなみに意識高い系の学生は普段から人に認められるほどの能力も実績もない。というか、もし実力があれば意識高いみたいな、ビジネスごっこでとどまっていないものである。

そのためか、意識高い系の学生は他者…それも、自分より格上の人から認められることに強く飢えていた。そのため、年上の人からよく言われる「若くて元気があるねー」とか「若いのにしっかりしてるねー」程度の社交辞令ですらも、有頂天になるぐらいに喜ぶような”チョロさ”を持っていたのが印象的だった。

一方HSPに関して調べていると、大体HSP「さん」とか、繊細「さん」という具合に、わざわざ「さん」付けという光景が珍しくない。そして、そんな「さん」付けで有頂天…とは行かなくとも、かなり警戒心がなくなり、まるで依存するかのように「さん」付けで呼ぶ人に心酔する人が多々見られた。

こういった誰にもでできそうな対応をしてきた人に対して、簡単に信じ込むチョロさが、情報を熟慮せず結果として騙され泣きを見る情報弱者の姿によく似ている。

ゆえに、HSPを名乗る人やHSPに熱心になっている人には「この人は繊細なだから自分は騙されないと思っているが、その実自分に優しく接してくる人には無防備。つまりカモである」という考えになるのだ。

 

わざとらしい下手な優しさですら怒らない点が情弱として見なされる

なお、余談になるがいい年して「さん」付けで優しく呼ばれるのは私個人ではどうも抵抗がある。

自分の名前で「さん」ならまだマシだが、自分の名前ですらないニックネームみたいなもので「さん」付けど呼ばれると、変に馴れ馴れしい感じがして鳥肌が出そうになる。

また「さん付けしなきゃいけないほどに弱い人、頼りない人」だと見下されている感じもする。下手な優しさは人の神経を逆撫でするものだと思うが、そこでイラっとしない時点で「こいつなら不平不満を言わず言いくるめて支配しやすい(=情弱の見込みあり)」と考えることもできよう。

情弱の人が騙されやすいのは、純粋に頭が弱いとか、社会経験が乏しいとか、判断力が低いとか以前に、怒るべき場面で怒らないことがある。

むしろヘラヘラしたり、馬鹿にされていることに気がつかず相手を「いい人」「優しい人」だと認識してしまうことも詐欺などの被害に遭いやすい一因だと私は考えている。

 

なお、意識高い系の学生と関わっていた時も、お世辞に近い言葉をどうも間に受けてしまい、ますます増長してスッカスカのバカっぷりを発揮してしまった人を何人も見た。

当時は「若者応援おじさん」なる言葉が意識高い系界隈で流行っており、無責任にもてはやすおじさん&おばさん方に唆されて、学園祭にすら満たないイベントみたいなものを開催したり、(学力や人間としての器的に)かろうじて自分が主導権を持てるような中高生相手のイベントを開催して、実績と呼べるのかどうかすら怪しいイベントみたいなものを開催していた人も少なくなかった。

自分にとって意味もなく優しくしたり応援してくる人そのもの、ひいてはそういった人達が放つ情報に対して「怪しい」とか「一旦疑う」…もっと言えば、一旦頭を冷やして自分の頭で考えるという行動ができない。そういう部分が意識高い系にもHSPにも情弱にもあるという認識をここ最近するようになったのだ。

 

 

HSPに関する情報の裏にある情報商材、オンラインサロン、自称心理カウンセリングやスピリチュアルの匂いを感じ取れるか否かについて

HSPに関して調べていると…

  • 自己啓発セミナーやそれに関する商材(メルマガ勧誘等)
  • オンラインサロンへの勧誘
  • 自称カウンセラーやアドバイザーへの相談の勧誘
  • スピリチュアル的な商材への勧誘

など、冷静に考えて「なんかよくわかんないけど、どう考えても怪しいぞこれ!」と感じる情報も付随して出てくる。

この時点で「なんか怪しいからHSPに関しては触れないでおこう」とか「HSPを名乗るのはやめておこう」などと考えて、HSPから離れる…という選択ができるか否かも、自分自身を情弱にしないためには欠かせない。

 

 

最後に、HSP&HSPに関する情報は見えてる地雷だらけといってもいい。

基本的なことだが怪しいもの、よくわからないものには近づかない。仮に、それが優しくて自分を受け入れてくれそうな雰囲気を漂わせていても近づかないし、お金や時間を差し出すような真似は普通しないものである。

もしするのであれば、地雷に近づくためには地雷を地雷として見抜けるだけの能力と慎重さ、そして「HSPなる優しいが怪しい決して概念に飲み込まれてなるものか」と、強く自分を律する覚悟が必要である…というのが私の持論である。

 

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