HSP「さん」という呼び方がモヤっとする理由を語る

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繊細(HSP)さんブームが来てからというもの、HSPに関する情報を(怖いもの見たさで)調べていると、動画でも文章でもHSP「さん」という妙な呼び方をしている人が目立つ。

繊細「さん」ではなくHSP「さん」。横文字と「さん」が組み合わさるよな、意識高い系界隈でも意識普通系界隈でも、日常でまず使うことがない呼び名である。

それだけにどうも不自然さというか、なんか不気味さを感じてならない…というのが私の率直な意見である。(ADHDさん、ASDさんみたいな言い方は聞かないのに、どうしてHSPさんだけこうも流行るのだろうか…)

今回はこのHSPさんという呼び方のモヤモヤについて、個人的な見解を述べていく。

 

過剰に丁寧な呼び方は不信感を与える

私が思うにHSPさんというのは非常に丁寧な呼び方である。「HSP」だけではなんだかそっけない。「HSPの方」や「HSPの人」ではちょっと堅苦しさやよそよそしさ、冷たい感じのニュアンスがある。

そういった負のニュアンスを取り除くのがHSP「さん」という呼び方なのだろう。おそらく元ネタは繊細さんの「さん」であり、どこかでミックスしてHSP「さん」という呼び方が定着したのだと推測している。

しかし、この手の妙に優しいという生温かいというか、ネバっと寄り添うような呼び方は、私個人の感覚では

  • 過剰に丁寧すぎて逆に不気味さが際立つ。
  • 過剰に丁寧にしなければいけないほどに、取り扱いの難しいめんどうな人間だと思われている。(=不信感の強さの現れ)

と感じてモヤっとするのだ。

 

おそらくだがこのモヤモヤの正体は、漫画「クズの本懐」にあった「興味の無い人から向けられる好意ほど、気持ちの悪いものはない」というセリフがしっくり来ると思う。

なお、同漫画では「他の子から向けられる好意ほど気持ちいいものなんてない」と言うようなセリフもあった。HSPさんという好意まみれの呼び方は、刺さる人には刺さるものなのだろうか。

 

 

HSPさんという呼び方で情報発信する人に抱く違和感の理由

また、HSPさんという呼び方で主にネット上で情報発信する人は、基本的に優しい口調で寄り添うような芸風である。

ただし、その芸風に反してHSPさんという呼び方は上で触れたように不信感や不気味さを伴うもので、「優しさ」のような好意だとか安心できると言った雰囲気とは相性が良くない。要するに態度と言葉のチョイスが合ってないことがモヤモヤの原因なのだ。

ちなみに余談だが、私はHSPに関する動画をはじめとしたコンテンツを追っていく中で「結局この人はHSPに寄り添いたいの?それとも寄り添いたくないの?どっちなの?」とツッコミを入れたくてしょうがなかった。

 

丁寧なように見えて煽っているように見えてくるのでモヤモヤが増す

不信感にも通ずるものだと思うが、横文字&さんで呼ぶことは普段聞きなれない言葉の組み合わせであるためか、丁寧を装っているように見えてあまり丁寧さが感じられない。

むしろ、煽っているようにすら感じてしまうことがHSPに関する情報を怖いもの見たさで探している時に感じてしまった。

また、HSPについて説明文で「優しくて真面目で良心的なHSPさん」みたいな言い回しがよくあり、その時は煽り以外にもHSPを過度に神聖視、特別視しているようなうすら寒さすら感じた。

ここまで来るとおだてているようにすら見える。それ、本人は親切で優しい説明をしているように見えるかもしれないが、現実世界でこんな過度に持ち上げるような説明の仕方をする人は、失礼を承知で言うが「さすがに引く、うぬぼれ過ぎでは?」…という気持ちになった。

私の想像・妄想・憶測になるが、過剰に優しい人ってなんか融通がきかないせいで人間関係が上手くいかなさそうである。臨機応変な対応ができず、いつまでも敬語で話すことが正しいみたいな変なこだわりがあって、自分では良いことしているつもりなのに、周囲からは「ロボットみたい」と思われて浮いてしまってはいないかと心配になる。

 

最後に

そもそも親しくもない無関係な人間に「さん」付けされる機会が普通はないからこそHSP「さん」と言う呼び方に違和感を覚えるという可能性もある。

学校や仕事の間柄での「さん」呼びは、学校や仕事の間柄という理由があるから違和感を覚えない。

病院に行った時の「さん」呼びも、病院の患者という理由があるから違和感を覚えない。

ご近所の人の「さん」呼びも、近所の人という理由があるから違和感を覚えない。

しかし、そういった何らかの理由がなく使われる「さん」と言う呼び方は、そう呼ばれる理由が無いので違和感を生むのだろう。