全肯定してくる人を疑うようになった理由の考察

人間関係・コミュニケーション
この記事は約4分で読めます。

基本的に全肯定する人で出会うことはあまりないのだが、ごくまれにまるでゴマすりをするかのように全肯定的な人に(運悪く)出会うと、基本的にいい気持ちにならないというのが実情である。

純粋に私がひねくれた性格の持ち主であることも影響していると思うが、妙に自分を褒めるだとか、好意を持って接してくるだとか、出処のわからない善意をぶつけてくるかのような関わり方をしてくる人は、基本的に疑いの目を持って接するようにし、あまり深く関わらないようにしている。

もちろん、遠ざける理由は「自己肯定感がないから」というような最近うざいほど耳にする自己肯定感云々ではないとはっきり感じている。

今回はそんな全肯定的で非常に「いい人」をあえて遠ざけるような態度を取る理由について、個人的な考察と見解を述べていこうと思う。

 

肯定の言葉や態度に弱い人とそうでない人の違い

これは私の持論だが、人は誰かから褒められたり承認されるなどされた時に、その人の今までの生き様や経歴によって、その褒め言葉を受け取る態度、心情が大きく変わってくる。そのパターンは大きく分けて3つある。

1つ目は、まっとう且つ正当に努力して受験や就職、仕事などで相応の評価を得てきた人だ。この人は褒め言葉を受け取っても表面的には喜びこそするが、かと言って褒め言葉に溺れるかのような状態にはなりにくい。

しっかり努力してきたからこそ、地に足付いた堅実かつ妥当な喜び方する。喜びのあまり自分で自分を制御できない状態にはなりにくい傾向がある。

 

2つ目は、家柄のように本人を取り巻く環境による評価を得て育って来た人。いわゆる名家の子みたいな人を想像するといい。フィクションの世界だと金持ちボンボンドラ息子的な甘やかされてお世辞に弱いという印象を持つかもしれないが、このタイプの人は幼少の頃から周囲の大人から良くしてもらうことが多いためか、好意的な大人に対して一歩引いた視点で見る癖がある。

つまり、1つ目同様に喜びのあまり自分を制御できなくなるような状態にはなりにくい…が、本当に苦労知らずの金持ちボンボンのドラ息子気質の人の場合はその限りではない。

 

3つ目はろくに努力もせず年だけ重ねた人。あるいは受験や就職活動などの他者との競争から最初から逃げるような人生を送ってきた人である。この手の人は、そもそも他人から肯定や評価を受けることは、上の2つと比較されると少ない。そのためか、何らかの拍子で褒められると非常に喜ぶ…というか浮かれてしまい我を忘れてしまいやすい。

また、しっかり努力して何か評価を得る…という経験が無いために、偶然手にした他者からの承認や肯定の味が忘れられず癖になりやすい。まるでギャンブルで運良く大金を手にした経験が脳裏に焼き付いて、損が嵩んでもギャンブルがやめられない人のような一面を見せることがある。

 

 

今まで努力して正当に評価される経験があったから、変に肯定する人への免疫ができたという仮説

長々と説明してきたが、自慢を承知で言えば私は基本的に1つ目、そして2つ目の要素も持っていると自覚している。

私の家柄はいわゆる教養や品格を大事にしており、かくいう私はいわゆる「いいとこの坊っちゃん」みたいなものだったと思う。決して裕福で贅沢三昧というわけではなかったが、こと教育には厳しく学校の勉強のみならず

  • 身だしなみのチェック
  • 一人称の徹底(例「俺」というの禁止)
  • 字を綺麗に書く訓練
  • 箸の使い方をはじめとした食事中のマナーの徹底
  • 気になることは図鑑や辞書を使って自分で調べることの徹底(=大人がなんでも教えない)

…などのことは当たり前のようにやっていた。

そうした努力を普段からして、そのことを周囲からまっとうに評価される。この当たり前かつ地味すぎる経験を多くしてきたためか、ふとした時に褒められたり肯定されても「まぁ、やるべきことをやってきたから評価されるのも自然だよね」と思うに留まり、決して褒め言葉に溺れるようなことはない。

私の育ってきた環境的に、変に肯定する人への免疫が幼い頃からできていたのだろうと考えている。

 

全肯定する人の行動の癖が胡散臭い自己啓発セミナーにいた時と瓜二つ

今までの文の流れとかなり変わるが、全肯定する人の態度や行動、思考の癖が、(私の黒歴史でもある)かつて意識高い系の学生と関わっていた時にたまたま参加した自己啓発セミナーの参加者、主催者、関係者に通ずるものがある。

つまり、胡散臭い人間と共通の思考・行動様式があると肌身で感じるからこそ、全肯定する人に対して疑いの目を向けるようになったとのだとも分析している。

この手の胡散臭い人たちは、私の憶測になるが自分が後ろめたいことをしている自覚があるためか、不自然なまでに肯定的な態度を振りまく。まるで「自分はこんなにいい人なのだから信用してよね」と迫ってくるかのような心理的な圧が強い肯定を臆面もなくしやがる傾向がある。

また、肯定が過剰であればあるほど、上で述べた3つ目のタイプの人…つまり、ろくに努力もせず評価を得てこなかった人は、大量の肯定を受けて自分を制御出来なくなる状態になりやすい。大量の肯定に対して弱い人は、何かを企んでいる人から見れば、いい良客(カモ)なのだろうと思う。