全肯定する人がなぜか嫌われる理由について語る

人間関係・コミュニケーション
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何かと口を開けばやれハラスメントだの、差別的発言だのと失言認定されかねないような危険な雰囲気が漂う昨今だからこそ、他人に対してなんでも肯定するかのような態度をとる人が、ネットorリアル関係なく増えているように思う。

もちろ肯定的な態度を取るので嫌われる確率は低いとは思う…が、中には(このひねくれた私のような人からは)「よくわかんないけど、なんとなくこの胡散臭くて信用できない感じの人なぁ…」という具合に敬遠されてしまうこともあるだろう。

…ということで、今回は全肯定する人がなぜ嫌われてしまうのかについて、個人的な見解を述べていこうと思う。

 

全肯定ではなく自己保身に走っているように見えてウザったい

全肯定する人は、決して相手のために肯定しているのではない。むしろ、相手のためではなく自分のため。自分が何か変なことを言って失望されたり、嫌われたり、「あ、この人と関わるのはよそう」と思われるのを回避するために、ただひたすら全肯定している。

つまり、自己保身に走っているように見える。優しさや善意とはかけ離れた自己中心的で自分のことしか見えていないみみっちい人のように映る。「なんでも肯定している優しい人のように見えて、実は自分のことしか考えていない卑怯な部分がある。しかしそれをひた隠しにする様が実に卑しく浅ましい。」というような感情を他人に抱かせてしまうからこそ、敬遠されてしまうのだ。

もちろん、本人にその気はなくとも、このように受け取られることは十分に起きる。

 

 

全肯定する姿勢にどこか自己愛や特別意識の強さを感じて敬遠してしまう

(ひねくれていない人の視点から見れば)全肯定する人はそうでない人と比較すると、非常に善人であるとか、良心的でたいへん優しいだとか、誠実そう、いい人そう、安心できる人…というたぐいのポジティブな印象を持つことが大半だろう。

しかし、こうした印象を持つ人が多いことは、自己愛が強く自分は特別な人間であるという実感に飢えている人からすれば「なんでも肯定的な態度を取れば、他人からちやほやされて精神的に満たされる!」という思考が生まれると同時に実効に移る。

こうして自分が満たされるために他人をコピペ文章のように肯定する自己愛の強い人の肯定行動には、どうも心がこもっていないというか演技じみていて嘘くささが強く出ている。

特徴的な例を挙げるとすれば「私もわかりますよ~」と、簡単に同調や共感の言葉を使うことである。同調から背中を押して相手を肯定し受け入れる…という一連の流れを頻繁に繰り返すために「本当にこの人は相手のことをわかっているのだろうか?」という不信感が募りやすい。結果、自然と敬遠するようになるのだ。

 

余談だが、全肯定することそのものはその場その場に応じて肯定or否定(あるいは中立)と臨機応変に意見を変えるのと違って、精神的な労力がかからない。つまりコスパの良い行動である。

そういうコスパのよさに惹かれてか、どうも自己愛の強くて過度な賞賛や承認を求めたがる人は、全肯定的な態度をとって、手っ取り早く他人からの注目を集めようとしているのではないかと分析している。

 

 

肯定する行為により自分をコントロールしようとしているみたいで不気味さを感じてしまう

上からの続きになるが、全肯定する過程で「同調から背中を押して相手を肯定し受け入れる」という一連の流れは、意地悪な言い方をすれば他人を自分の意のままにコントロールする手法としても応用できてしまう。

カルト宗教やうだつの上がらない社会人向けの自己啓発セミナー、社会の底辺層向けのオンラインサロンのような、いわゆるおっかない集団・組織でよく使われる洗脳の手法とほぼ同じだからこそ、そのことを知っている人は敬遠するようにあんるのだ。

怒りや恐怖によるコントロールと同じく、肯定のような善意や好意といったポジティブで害のなさそうなものもまた、過剰に利用することで他人をコントロールできる。

ただ、怒りや恐怖のような明らかに害があるという認識を持つ人は稀…というか、そんなひねくれた考え方を持つこと、あるいは持っていると表明することは普段の生活ではタブー視されることが多い。

だからこそ、過剰な善意や好意の恐ろしさについては、その認識が浸透していないのだと私は分析している。

 

補足:例外的に全肯定する人を好む人・層について

最後に全肯定する人を好む人達について触れておく。

全肯定的な態度は、精神的なバランスが保たれている人や、そもそも他人への依存心がなく精神的に成熟して自立している人の心には響きにくいものである。

逆に

  • 愛情や承認、交友関係に強く飢えている人。
  • 精神的に未熟な人。
  • 精神的に不安定な人。
  • 他人への依存心が非常に強い人。
  • 妄想癖が強く他人に過剰な期待や配慮を求めるクレクレ気質な人。

といった特徴を持つ人には、全肯定する人強くは好まれる傾向がある。

ただし、察しのいい人ならわかると思うがこの手の情緒不安定な人は、自分の心の安定のために他人の事情を考えず「自分を受け入れて欲しい!」と強く迫ったり、ちょっと距離や時間が空くと「どうして自分を肯定してくれないの!」と振り回すという厄介な言動をするトラブルメーカーになりやすい。

全肯定的な態度を取ることは、言い方は悪くなるがトラブルメーカーを自分から呼び寄せるようなデメリットの多い行動である…と、私は考えている。(まぁ、私みたいなひねくれた人間を遠ざけるというメリットもあるだろうけど)