私個人が我慢すればいい事なのだが、普段から何かと「病む」という口癖が染み付いている人に対して、非常にモヤモヤしてしまうことが多い。
なお、ここでいう「病む」とは精神的にちょっと落ち込むとか、テンションやモチベーションが下がるとか、萎える、疲れる、だるい、めんどくさい…という意味合いで使われているものである。
もちろん、中には昨今の自粛生活などで相当参っており、医者などの専門家の助けを必要としている精神状態の人もいるだろう…が、この記事ではそういう人達は対象外である。
今回は、そんな「病む」という言葉を口にする人に関するモヤモヤについて、どうしてモヤモヤするのかについて、私個人の見解をまとめてみた。
「病む」が口癖の人に感じるモヤモヤの正体
うつ病をはじめとして精神病を想起させる言葉を軽々しく使うことへの忌避感
現代ではうつ病をはじめとした精神疾患に対する知識なり情報なりを簡単に入手できる時代である。
とくに、部下への指導や、ハラスメントに関する講習など、社会人としてメンタルヘルスに関する知識を知っておかなければいけない立場にいる人に限らず、学生でも主婦でも、スマホ片手にメンタルヘルスに関する情報は(真偽はともあれ)簡単に入手できる。
ただし、この手軽さこそ「病む」という言葉に対する忌避感を生み出す原因だと私は見ている。
というのも、私自身比較的「若手」の年代だが、依然として精神疾患に対して偏見がある。もちろん、精神疾患があることそのものを根本から否定してないが、そういったデリケートな話題や精神疾患を想起させる話題を人前で堂々と話している光景に対しては、まだまだ苦手意識がある。
おそらく話している本人は何気なく「病む」という言葉を使っているのだろうと推察するが、どうもそういう光景を見かけると「おいおい大丈夫か、そんなデリケートな話題を口にしちゃって…」と心の中で思うことがある。
私自身、頭が硬いところや古臭いところがあるので「病む」という言葉を自分で言うことにも抵抗がある。仮に言うとしてもデリケートな話題だからこそTPOを選ぶことが大事だと思っている。
そんな性分だからこそ、今のようにカジュアルに「病む」という言葉が使っているコミュニティに対して、一種の忌避感をいだくのだろうと考えている。
自分の健康を人質にとって相手を説得したがる人が好んで使うのが「病む」
もう一つモヤモヤする原因としてあるのが、「病む」という言葉そのものではなく「病む」を発する人に由来するものだ。
誤解を恐れずに言うと、病むが口癖になっている人の中には、まるで自分の心身の健康を人質のように扱って、相手を説得したがるという狡猾なコミュニケーションが染み付いている人がいる。
この手の人は、えてして
- わがまま
- 交渉事が苦手
- 怠け癖、逃げ癖がある
- 打たれ弱い、豆腐メンタル
- 責任感がない、あるいは著しく乏しい
- (自分の非力さを理解しているのか)他人を利用して生活することが染み付いている
という、公私ともにあまり関わりたくない人だなぁと思わせる要素が多い。
とはいえ、仕事や親戚付き合い等の事情があると、苦手なタイプの人ともそれなりにうまくやり取りをすることが大事なのだが、この手の人は面倒事を自分で引き受けようとせず、他人にやってもらおうとする傾向が強い。
しかし、そんなわがままな姿勢に対しては、当然ながら「わがまま言ってないで自分の力で面倒事を片付けなさい」というまっとうな指摘が入るものだ。
だが、ここで素直に「めんどくさいから」というものぐさな態度を見せるのではなく「病むから」という言動に出た場合はどうだろうか?
この場合、まっとうな指摘をしようものなら「病むと言っている人を追い込む血も涙もない人間だ」とか「心に傷を負わせてまで仕事を任せようとする極悪人」というような、まっとうな指摘をした人の状況が悪くなる構造ができてしまう。
とくに、これが職場なら「パワハラorモラハラをされた」と相手に認識されてしまい、まっとうに指摘したほうが加害者扱いされる事態になりかねない。(もちろん、「病む」が口癖の人が怒られて反省するケースもゼロではないけど)
このように、病むという言葉を使う人には自分が引き受けたくない事を拒む。それも、なるべく相手が反論しにくく且つ反論が来ても相手を黙らせる…という、狡猾な使い方をする人が多い。
依然として精神疾患を想起させる言葉への偏見が残る昨今だからこそ、自分の個人的な欲求を叶えるために、「病む」という言葉を某越後のちりめん問屋の紋所のように使う…そういう、ずる賢さや卑怯な部分に対してモヤモヤしているのだと私は考えている。
病むが口癖の人は、勝手に周囲を悪者にしているという懸念
余談だが、私が思うに病むという言葉を頻繁に使う人は、意図せず他人を悪者にしているのではないかと感じていることが多い。
病むということは、少なくとも病むに至った原因を作った誰かがいることを想像できる。つまり、「(○○さんのせいで)病む」というニュアンスがあるとみていい。
本人はただ「落ち込んだ」程度の軽いニュアンスで使っていることもあるが、無意識のうちにその病むに至った原因を作った人を苛立たせている可能性については、少しは考えておくのがよいと私は思う。
いわゆる、メンヘラ気質で被害者意識の強い人には、自分はいつも他人や世間から目の敵にされていると主張する人がいるが、元をたどれば自分の些細な口癖…そう、この記事のメインテーマである「病む」という口癖が、他者から自分に対する承認や共感といった理解を示そうとする気力を削いでいる可能性には向き合うべきだろう。